読書と無関係な出力

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小一時間本を読んで、小一時間何かを考えるというのは理想だ。学生時代、これをある本で小一ページ毎にやっていた。

そういえば為末大が丁度「電車で読書し、歩きながら考え、カフェで出力する」と書いていたな。

思考の”触媒”としての本は、存在理由のひとつとしては有効だ。

本の中身に囚われず、「読書感想文」の呪いから解き放たれ小僧。もとい、解き放たれよう。

鼻垂れ小僧のように。

(全段、読み切りでどうぞ)

44 as 1

一個の意思決定主体が中途半端な規模のパワーを持ってしまったら、その権益と自らの実存の維持にがんじがらめになってしまう。

かと言って、J・ベンサムの想うような素朴な国家レベルの大きな理想の展開には、J・J・ルソーのいわゆるピティエの総量がヒトというものに備わっているものなのか・・。

49 as 2

現代人は例えば石器時代に比して一人当たり60倍のエネルギーを消費して生きているが、60倍その分幸せになどなっていない。

そのような視点で子供を産まない選択をする人が目立つことはないが、勿論少子化が悪であることはア・プリオリではない。
未来をハンドリング出来るというお題目を使い回す人達の汚れた指遊びは小煩いことだ。

幸福になることは決して簡単ではない。

54 as 3

半世紀前、例えば向精神薬を飲むのにいささかの後ろめたさを感じていた頃に比べ、
現代では自然に外部要素をアドオンして自らを改築する不自然さへの抵抗は低減している。

ハイフや整形などもそうだし、もっと言えば人口的な生化学的反応に強力に働きかけるあらゆるテックの娯楽などもそうかもしれない。

そんなことを言うなら、法、哲学、思想なども”自然人”への魔改造の試みだと言えば言える。

このコスプレの如くのイメージから改めて眺めてみるのもいい。要は、改造人間への圧は常にかけられているということ。

自らの快の欲求による圧倒的支配。

いじましい虚栄心のために写真や動画、文章を盛るばかりか

成績を上げるために興奮剤を常用する子供たち。

戦闘前、頭に電極を付けたり抗うつ剤を飲んで、集中して冷静に敵をヤれるようにする。

これではSF『マン・プラス』を生化学的に地で行っているようなものだ。

62 as 4

テクノロジーへの目配り
世界についてのゲシュタルト
サイエンスの網羅
押さえるべき知見

意識についての、考察と学習と検討と実験

メモすぎるだろ!モヘンジョダロ!

67 as 5

「個人の幸福」を「公に」主張出来るようになったかにみえる現代は本当にそのリベラル性を獲得し切ったか。

ネットを始めとするグローバリズムによるリクイディティの増大化は、一見は穏やかに見えるが決して避けようのない、全体主義の要請と衝突するベクトルにあるのではないか。

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