「得をする、損をする、成功する、失敗する、いずれも、本人の評価だ」
森博嗣『君の夢 僕の思考』
しかし本人の評価が最も重要である。他のものは、すべてゴミだと思っても良い。
誰か(A)が当人(B)に何かを言う。それは10%の観察と、90%の言ったAの実存のためにある。
だからそれはゴミなのだ。
その10%の観察には、何がしかの事実は含まれている。
しかし、観察した者と、その対象である人物が異なっている場合、発せられた言葉の価値は異なる。
Bはその言葉を、まるで道端に落ちている石ころのように見ることだ。
磨けば光を放つダイヤモンドだと思えば拾えばよい。
さもなければ蹴り飛ばせばよいのだ。
思考の材料は自分の外側にある。それらが無ければ思考が立ち行かないのは:確かだ。
それでもいい加減早い時期に、自ら立ち上がり、働き始める意識の仕組みをつくらなければ、いつまでも世界に翻弄されるばかりだ。
それくらいに思っていて丁度いいだろう。
さてそうなれば、自分で自分をモニタリングする何らかの装置が要請される。
また、自分を評価するための価値体系も。
コメント