踊るアホウを責めないで

ブログを書く

どうも、中野中央3丁目のロバート・リンドです。

・・嘘です。調子にのりますた。

この50-600安心理論のシリーズは、

・ブログを始めるのに興味がある人
・ブログを始めたばかりの人
・自分自身 

に向けて書いていますよーだ。

ブログを書くことの意味

書きたい。書こう。


これがまず最初。

アウトプットすることに意味を見出す


思えば、記事を1本書くというのは、原稿用紙2枚分?の文章を書く宿題を自分自身に出すようなものではないかとイメージしてみる。

うーん、単発ならそれをやるのはそれほど難しくなかろう。
毎日宿題が出たらどうだろう。
ちょっとつらいか?

ではこれはどうだ。
大人ひとりがそのくらいのアウトプットすらできないというのはどうかな?
そんな薄っすい毎日を送っているのか自分、と。

世の中、アウトプッターよりROM専の方が圧倒的多数なのが常だけど、

ひとりの大人が、1日1~2時間を使って原稿用紙2枚分の文章を書いて公開する。

いきおいで一気に書ける日もあれば、ぐるぐるしてやっと書いてもいまひとつ不出来な時もある。

 総じてそんな時間を持つことに値打ちを見い出せるか。

そう考えると、1記事あたりの分量にもよるけれど、何とか続けられるイメージも湧いてくる。

アウトプットすることによって、考えや感情を深めたりまとめたりすることに意味を見いだせれば、イケるかもしれない。
いやさ、イケると踏んでいるからこそはじめたんだけどね。

「書くことが少し好き」以上の人なら誰でも、ブログを立ち上げることができると思う。
なにしろ私いわしんにもできたのだから。

もう少し。


卑近には、

短いひとまとまりの文章を完成させ、それを自分自身が再読するに足るものにする。


読んでくれる人も大事。
でもそれはつまり、自分という読者が一応満足?する文章をつくることと同じ。

そのためには、自分の中にある客観性をある程度信じなければならないだろう。

願うことは、新しい朝を迎えるように、新しい気持ちでブログに向かえるように。

楽しく、血と汗と鼻水を注ごう。




踊るアホウは怖いものだけれど、踊ると決めたのだから。

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